雑巾がけをする暮らし

平和なこと、豊かなこと、愛のあること、地球のことを創造しよう

過去世を越えて

私にはいくつかの過去世の記憶がある。

 

 

これはあくまでも自分が観た私の過去世の記憶の断片のことで、実は、いわゆる観える人から聞いた私の過去世の話は、あまりピンときていない。

 

 

いずれにしても私がオールドソウルであることは間違いない。

 

 

そして以前は、そんな過去世の体験から引き継いだ思い込みが、今世の私を生きづらくさせているのだ...と思うことがあった。

 

 

だから、その都度、そこに光りを当てようと思っていたし、実際に過去世の自分に出会うことは、自分への愛しさを感じることで愛が広がり、バラバラだったひとつのピースがピタリとはまる場所が見つかったような爽快感もあった。

 

 

でも、最近はその過去世さえも、私ではなく、私である、というさらに不確かで、あいまいで、どちらでも良い、と思うようになってきた。

 

 

私たちの意識は、何にでもなれるから。

 

 

周波数が合えば、キリストにもお釈迦様にも観音様にもナポレオンでもクレオパトラでも死んだ母にもなれる。

 

 

と言うか、感じることができる。

 

 

「わたしはあなた、あなたはわたし」とは、神我一体であると同時に、すべてのすべてがわたしであるということ。

 

 

過去ー現在ー未来は縦軸ではなくて、横軸に広がっていて、この世はパラレルワールドだ、と感じることは、さらに世界を広げてくれる。

 

 

だから最近は、過去の自分に会いに行くというよりは、私の行きたいところ、会いたい人に意識を飛ばす遊びを楽しんでいる。

 

 

私ははじめから、見たいものしか見れないし、見たいものを見てきた。

 

 

その時、波長が合えば、気分が良いし、合わなければ違和感を覚える。

ただそれだけ。

 

 

感情は揺れても着地点は揺るがない。

 

 

わざわざ闇を探して光を当てなくても、闇はそのままで光の一部であることを知っている。

 

 

そのままで良いんだ、と思えることは、今を祝福しているってこと。

 

 

これからはますます、自分の居心地の良い場所に焦点を合わせながら、私の居場所で何となくの幸せを味わっていくのだろうと思う。

 

 

常に流れて、常に変化していく居場所を楽しみながらね...。