雑巾がけをする暮らし

シンプルに暮らす…ミニマムな生き方へ

小さな光

 

もうすぐ日本へ一時帰国をするのですが、

お片付けものらりくらり、お掃除ものらりくらりとしておりまして

3日後には、このまま目の前に広がるクリスマスでキランキランのドイツの風景が

なつかしい日本の景色に変わるだけ。

と眺めています。

 

それでも、日本であれやろう、これやろうという気持ちはフツフツと静かに湧いてくるもので、

近所の図書館に早速、読みたい本の予約をしたり

出かけたいところのリサーチをしたり

と、こんな時間はとても楽しい時間です。

 

そして、日本はずいぶん波動が高くなった、という記事も目にしたので

8ヶ月ぶりの日本を私がどんなふうに感じるのか、

それが一番、わくわくしているところ…かな。

 

 

さて

 

私は、いつも何かの役に立ちたい、という気持ちがあって

(それは誰もが心にもっていることだと思うのですが)

だから、目的があったり、やることが明確になっているほうが

なんだか安心できるような錯覚を持ちます。

 

だけど、それは「何かをしなければいけない」とはちょっと違う。

 

私は

 

そのままで

そこにいて

ただ在る

それで良い

 

をしたい。

 

だから、今は主人のもとでのらりくらりという贅沢をさせてもらっていますが

一貫して心にあるのは

 

光でありたい

 

ってこと。

 

ハハハっ。

だからそれが何?

と突っ込まれたら、それでおしまい。

 

それでも光でいたいと思う。

 

 

昨日は、カフェの中で、明るい窓際の席がいっぱいだったので

奥の一角の明かりが少ない暗い大きなテーブルの席につきました。

 

太陽が届かない

明かりの数が少ない

テーブルも椅子も黒い

照明スタンドの電球が切れている

 

その環境の中で、「暗い」を味わいながら

光は暗いからこそ、輝くんだよな、と思ったら

なんだかとてもうれしかったのです。

 

そんなひと筋の明かりが、私にはとても魅力的です。

 

だからギンギラのネオンにはなれないな。

そっと片隅で光っていたいから。

 

そして、そんな小さな光でも、誰かの心を明るく照らせたらうれしい。

それが私の喜びと呼べるのかも?

 

もしもこの世にライトワーカーというお仕事があるのならば

こんな小さな光でも、地球のお役に立っていると良いな、

と思っています。

 

えへへ。

 

さてと、

つべこべ言っていないで、洗濯しよう、っと。