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雑巾がけをする暮らし

シンプルに暮らす…ミニマムな生き方へ

死生観

 

死に対し、どんなふうに感じているだろうか。

 

私たちがこの肉体を去る日は約束されている。

死を意識した時に、私たちの生は踊りだす。

 

赤ちゃんが誕生する時、そこに希望があり、喜びがあり

みんなの顔が笑う。

 

人が生を終える時はどうだろう。

 

悲しい?

惨い?

寂しい?

辛い?

受け入れたくない?

不幸?

 

病気で亡くなる人も

事故でなくなる人も

突然、亡くなる人も

殺される人も

自ら命を絶つ人も

 

どの人も魂の重みは一緒。

どんな死に方をしても、同じ命だ。

 

なのに、残された者たちは、他人の死に方に各々の感情を通して

ストーリーを作りたがる。

 

死が希望であり、喜びであっても良いはずだ。

 

終わりはまた始まりである。

 

 

 +

 

2017年1月13日(金)14時40分

私が尊敬する神父様が昇天された。

 

エゴまみれの教会の中にあって、唯一、霊的なものをお茶目に感じさせてくれる人だった。

89才。

 

若い頃はイタリア、ドイツで学び、司祭という職を全うした。

肉体がもう限界だったのかも知れない。

 

お通夜のお別れで、私は涙を流し

時間の経過とともに、寂しさを味わい

だけど、確かに神父様は今もここにある。

その喜びと心強さを背中に感じている。

 

祝福しよう。

新たなる冒険の始まり。

 

この肉体にいながら、私が死を乗り越えることは

あらゆる恐れから解放されること。

 

死もまた、誰かのために行われるものなのだと思う。

 

 

 +

 

私たちは生涯、誰かのお役に立っている

それがこの世に生まれてきた理由

そこにいるだけで

ただあるだけで

価値のある命

それはみんな等しく同じもの