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雑巾がけをする暮らし

シンプルに暮らす…ミニマムな生き方へ

第3回 Kizuki cafeの日に

 

インフルエンザになりました。

 

一週間前に父がウィルスに罹っていました。

私は病院へ行っていないので、そのように診断されたわけではありませんが

たぶん、出所は同じでしょう。

 

体の節々が痛く、発熱症状あり、寒気がして、だるい。

 

一日、ベットの上でひたすら寝ましたが、その夜はスカイプができる気力もなく

Kizuki cafeの参加を断念。

ま、まさかの不参加となってしまいました。

 

これもまぁ、私が参加しないことに価値があるに違いない。

 

そう信じて、相棒のかおりさんと、他の参加の皆さんにすべてを委ね

ぐっすりと眠りこけました。

 

 

私は病院嫌いなので、滅多なことでもない限り

自分のために病院へ行くことはほとんどありません。

薬も飲みません。

 

 

風邪をひいたり、腰痛で動けない時、体調不良な時には、ひたすら食べずにただ眠ります。

 

動物が具合の悪い時、何も食べずにただじっと丸まってうずくまり、静かにしている姿と同じです。

 

こうしていると、たいていは3日も経てば、スッキリ感が戻ってきます。

 

この期間は不調サインにより、体が自ら治癒にあたり、身体の立て直しをしている時。と思って、なるべく、寝ていることに罪悪感を持ったり、あ~すれば良かった、とか、あれやらなくっちゃ、ということは考えないようにして、ひたすら不調が過ぎ去るのを待っています。

 

これは、当の本人はそう成る、と疑いなく実行しているのですから、不調も我慢できる範囲内であり、決して無理をしているわけではないのですが、

 

日ごろから、具合が悪いサインがでればすぐに病院へ行く、または予防のために病院へ行き薬を飲む、を当たり前のようにしている人たちにとったら、私はただの変な人。

 

今回は寝ている間に、父から何度も「病院へ行け」と言われ、「絶対に行かない、お願いだから寝かせて」と吠える私の親子バトルが勃発していました。

 

父から心配されるとねぇ~。

それが一番、辛いですね。

 

大丈夫だ!と言っている私をどうして信頼してくれないの?

と、大好きな人だからこそ、わかってほしいと思う気持ちが募ります。

一方で、父の心配してくれる気持ちを察し、父の言う通りにしてあげようか、

私が我慢をすれば事が収まるのならば。

そんな私の心の軟弱さが顔を出します。

 

あれ? どこかで同じことやってたよなぁ?

 

そうだ。

 

私がまだ家を出る前のこと。

 

心配性の両親に私は自由を奪われていて

やりたいことができなかった

やりたいことの先にあるネガティブな部分に先回りして

いつも止められた

私の気持ちを聞いてもらえなかった

私はお父さんとお母さんの言うことを聞く良い子でいたかった

なのに、私は褒めてもらった、という記憶がほとんどない

 

子ども時代からお嫁に出る前までに、いつも繰り返していた家族ドラマでした。

 

今ならわかるのです。

 

これもそれも全部、互いの優しさを違う形で表現していただけのことだった…と。

 

そして、私は心配するだけでは、自分のエゴを押し付けているだけに過ぎず

相手のためには何もなっていないこと

むしろ、心配をすることで、相手に否定的なエネルギーを乗せてしまうことになる、

と思うので、

自分のことも他人のことも地球のことも、全く心配しません。

 

心配はしない。

だけど、信頼します。

 

心配しそうになったら、その心配の分を信頼に変えます。

 

私は過剰に心配してくれた親を通し、心配に替わる居心地の良い心の場所=信頼を見つけました。

 

 

さて

 

やっと体調が戻ってきて、私が平常運転になった朝、

私が寝込んでいた間に、心配して何度も電話をかけてきたという伯母(父の姉)に電話をしました。

「心配したわよ~。

お父さんに昨日は怒ってやったわ、

何で、病院へ連れて行かないのか!って」

 

ハハ~ン。

 

父もまた、私と伯母の板ばさみとなって、辛い想いをしていたんですね。

 

伯母は、毎週金曜日に行く整形外科へ、私が付き添いで出かけることをとても楽しみにしていて、私の体調の行方が気になって仕方なかったようです。

 

心配してくれる伯母の言い分と私の言い分のどちらもきいてあげたい父がそこにいました。

 

みんな、みんな、優しさの表現違い。

 

子どもの頃も同じ。

私のことをわかってくれない理由が親にはちゃんとあったから。

その中で、大人になった私は自分のアンテナに引っ掛かったものだけを記憶として残しています。

 

そして、父の優柔不断さを私もしっかりと受け継ぎました。

それがきっと、私の優しさの源です。

 

2017年の新月旧正月は、思わぬ家族ドラマから、大きな気づきを得ました。

 

私は娘を心配して一生を終えた母には、私が何を言っても心配されてしまうという不安から、最期まで私の気持ちを正直に話す機会がありませんでした。

 

父とは、今、そんな私の心の宿題を消化しているのかも知れません。

感謝☆