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雑巾がけをする暮らし

シンプルに暮らす…ミニマムな生き方へ

寂しさに向き合う時

 

「寂しい」という感情

誰もが人生ゲームの中で、味わい、手放し、昇華させていくべきもの。

 

○○すべき…という言葉は好きではないが、あえて、記そう。

 

魂の本質にふれる門を開く時、

この感情と向き合うことを避けては通れないから。

 

この「寂しい」を最初に感じるのは、

おそらく、お母さんのお腹から産まれてくる瞬間だと思う。

 

神との一体感である安全、安心の感覚が

暗い産道を通る時、今まで、味わったことのない

寂しさや悲しさ、息苦しさを感じ始める。

 

人生の青写真は薄らいで、一人ぽっちという心細さの中で

胸に抱くのは、これから始まる人生への淡い期待だ。

 

そして、この期待は見事に、ことごとく打ち砕かれるのだけれど…。

 

寂しさは体験とともに、やがて空しさへと繋がっていき

何度も何度も寂しさを感じるごとに

それが不快であればあるほど

私たちは寂しさを見ることが嫌になって、

いつの間にかその感情にフタをしてしまう。

 

その度に、エゴちゃんは張り切って私に協力してくれるから

私は寂しさを見ないように、

時に虚勢を張ったり、嫉妬したり、怒ったりして、

すべての原因を外側のせいにする。

 

だけど、外側のものは決して私の寂しさを埋めてはくれない。

この感情を昇華させることができるのは、自分だけなんだ。

 

 

やっぱり

いつかは

どこかで

かならず

誰もが

自分の中の寂しさと向き合う時がくる。

 

 

そして、人はやっと思い出す。

 

私が神と分離した時など、ひと時もなかったことを…

 

私の存在そのものが神だった…と。

 

 

寂しさは神である自分に気づくための愛しくて切ない

私の大切な気持ち。

 

 

さぁ、抱きしめよう。

私がかけがえのない私を。