雑巾がけをする暮らし

シンプルに暮らす…ミニマムな生き方へ

伝えようとするのではなく伝わる

 

 

これからの未来は、言語という壁がなくなって

想っていることが言葉を通さなくても相手に伝わる

つまりはテレパシーのようなもので意思疎通ができる

と、思っているのですが…

 

 

日本語だって言葉で説明すると誤解されることがあって

知らない言語だと、こちらの思うところはなかなか伝わらない

 

 

でも、それらはこちら側が向こう側に何かをして欲しい

こうしたい、ああしたい、という欲求を伴っているほど

相手には伝わりづらいことが多い、

と感じたりもします。

 

 

先日、

私が電車に乗ろうとしたら、外国人に

「英語は話せる?

イングリッシュチャーチはどこだろう?」

と、クシャクシャになった地図のコピーを見せられました。

 

 

「ごめんなさい、英語は話せないの」

と言いながら、持ち前の親切心がメラメラと湧き上がり

場所を確認すると、そこはまるで見当違いの場所だったのです。

 

 

中央駅を越えてその先へ行くのよ

この電車は16番だから、中央駅で11番に乗り換えてね

 

 

と、頭の中ではそう説明したいのに、

イレブンは出てくるのに、シックスティーンさえも咄嗟に出てこない(汗)。

 

 

伝えたい!

伝えたい!

伝えたい!

 

伝えなくっちゃ!

 

 

私の伝えたいという純粋な思いが、いつの間にか

伝えなくっちゃ!という責任感のようなものを背負って

伝えたい!と思えば思うほど

頭と口が空回りしている自分に気が付きました。

 

 

そうなんです。

 

 

本当は…

 

 

伝えなくても伝わるんですよ。

 

 

その時、それが互いにとって必要なことならば…ね。

 

 

私は頑張ろうとすると、緊張するタイプなので

そんな時は、完璧に自分を自分自身に委ねていない現象だな…

と思いました。

 

 

まぁ、それがスリルと呼べるのかも知れませんが。

 

 

それからは、街でドイツ語を使う時も

伝えようとするのではなく伝わる

を意識して過ごすようになって

私の気分がとても楽になっているからなのか、

思いがけず、向こうから素敵な笑顔をもらったりします。

 

 

ただし、これは誰にでも伝わる

というものではなくて

 

 

波動が同じならば伝わる

 

 

ということなのですが…ね。

 

 

私は、

大草原の中でライオンを枕にして寝そべっている自分

をよく創造していますが、

伝わる世界では、それも可能だと思いませんか?